大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)6108号 判決 1969年5月30日
原告
寺岡千代美
被告
古市運輸倉庫株式会社
ほか一名
主文
一、被告らは各自原告に対し金一、七三二、六二六円および内金一、一七五、七二〇円に対しては、昭和四一年一二月八日から内金四五六、九〇六円に対しては同四二年七月二七日から右各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一、原告のその余の請求を棄却する。
一、訴訟費用はこれを二分しその一を被告らの負担、その余を原告の負担とする。
一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。
一、但し、被告らにおいて各自原告に対し金一、二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一原告の申立
被告らは各自原告に対し金三、四七五、七二〇円、および内金一、一七五、七二〇円(訴状における遅延損害金請求額から弁護士費用を控除した額)に対しては昭和四一年一二月八日(訴状送達の翌日)から、内金一、七〇〇、〇〇〇円(昭和四二年七月付請求拡張の申立によつて追加された損害金)に対しては昭和四二年七月二七日(右申立書到達の翌日)から、内金五〇〇、〇〇〇円(昭和四三年一二月一八日付請求拡張の申立によつて追加された損害金)に対しては昭和四三年一二月二四日(右申立書到達の翌日)から、いずれも支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払えとの判決ならびに仮執行の宣言。
第二争いのない事実
一、本件事故発生
とき 昭和四一年一月三一日午後一〇時〇分ごろ
ところ 大阪市北区天神橋筋六ノ八交差点附近道路上
事故車 事業用小型三輪貨物自動車(京あ八三九三号)
運転者 被告高岡
受傷者 原告
態様 前記道路を南から北へ横断歩行中の原告に、東から西へ走行して来た事故車が衝突した。
二、責任原因
被告会社は事故車を所有し、これを被用者である被告高岡に運転させて自己のため運行の用に供していた。
第三争点
(原告の主張)
一、被告高岡の事故車運転上の過失
本件事故は、原告が本件交差点を「進め」の信号に従い南から北に向つて歩行横断中、被告高岡が事故車を運転し東から西に向け制限速度(五〇k/m)を超える速度で、軌道敷内を通行して差しかかり、対面「止れ」の信号も無視し、進路前方の安全を確認することなくそのまま交差点内に進入しようとした過失により、生じたものである。
仮に、被告ら主張のごとく、事故車が本件交差点手前に差しかかつた際、同交差点の対面する信号機の表示が青であつたとしても、被告高岡としては、その際、自己の進路前方、本件交差点手前の道路中央寄り部分に他車が停車しているのを認めており、このような場合、右他車が停車しているについては、そのため交差点内の状況が確認できず、かつ交差点内に何らかの異常な事態が予想されるのであるから、一時停車・徐行などして異常な事態・危険の存否を確かめるべきであり、まして本件現場附近は軌道敷内通行が許されない場所であるから、いづれにしても軌道敷内を通行すべきではないのに、かかる措置を怠り、従前の高速度のまま前方他車を右側に避け軌道敷内を漫然進行した過失を免れないというべきである。
二、原告の受傷
頭部外傷Ⅱ型(頭頂部挫創・右前頭部挫創)、左肘頭粉砕骨折、右脛骨外顆骨折、左前腕右肘部両膝関節部挫創、現在なお治療継続中。
三、損害
(一) 入通院関係費用
(1) 治療費 一、八三四円
(2) フトン代 五、五〇〇円
(3) 付添費 四八、〇〇〇円
(4) 通院交通費 二四、五三〇円
(5) 保養費その他 五五、五二四円
(二) 逸失利益
職業 ユミー商会こと吉田晋也方店員勤務。
月収 一九、五六六円(平均)
休業期間 自昭和四一年二月一日至昭和四二年一月三一日。
逸失利益額 二三四、七九二円。
(三) 衣類破損 五、五四〇円
(四) 治療費 五〇〇、〇〇〇円
前記以外の昭和四二年五月一日以降、原告が加療に要し、或いは要するであろう治療費。
(五) 慰藉料 二、五〇〇、〇〇〇円
原告は前記の傷害を受け、入通院の加療を受けたが、その病状は、被告らの不誠意、原告の困窮などのため充分な治療もできない状況で現在に至るも治療せず、かえつてそのまま固定して後遺症となつた。原告が事故で収入を絶たれたため、その家庭の生活は破綻して持家を売却するなどし、生活保護を受けるに至つているが、原告には右上腕中関節の機能障害があり、現在まで就労不能で、多大の不安と自棄絶望感に襲われている。将来の職業も制約され、結婚にも重大な不利益が予想される。これらの事情を考慮すると、原告の慰藉料は右額が相当である。
(六) 弁護士費用 一〇〇、〇〇〇円
(被告の主張)
一、本件事故の態様、被告高岡の無過失
当時原告は本件交差点を南から北に向け横断していたが、その対面する信号の表示は赤色「止れ」であつた。該交差点東詰の西行車道南寄りには、西進中の一台の自動車が停車していて、右自動車の運転者は、対面赤の信号を無視して横断しようとしている原告に対し、車内から手を振り、交差点南側に避譲するよう再三合図したが、原告は右合図に気付きながらかつ、赤信号を無視して急に走つて横断し始めた。一方被告高岡は事故車を運転西進して時速四〇粁の制限速度内で本件交差点に差しかかつたが、対面する東西の信号の表示が青色「進」であつたので、前記一時停車している自動車の右(北)側を追越してそのまま交差点に進入しようとしたところ、右停車自動車の陰から、急に原告が自車前面に飛出して来たため、急制動措置を執ると共に右転把してこれを避けようとしたが及ばず本件事故発生に至つた。
当時は夜間であり、しかも原告は信号を無視して急に他車両の陰から事故車の前面に飛び出したもので、被告高岡にとつては、見とおしも悪く、全く予期し得ない事態であつた(信頼の原則の適用さるべき事案である)。又軌道敷内を通行したのも、当時軌道敷南側、軌道敷寄りに他車が停車していたため、その左側を追越すことはできないので、止むなく右側軌道敷内を通行したものであり、対面の信号が青色である以上、迅速性を要求される自動車として当然通行すべき方法であつて、これを責めて軌道敷内を通行すべきでないとするのは無理を要求するものという他ない。
以上のとおりであるから、本件事故発生は、全く原告の一方的な過失にもとづくものというべきであり、被告高岡には過失はない。又被告会社としても、その監督に何ら欠けるところはなかつた。
二、仮に被告らに何らかの責任があるとしても、原告には前記のような重大な過失があるから斟酌さるべきである。
第四証拠〔略〕
第五争点に対する判断
一、事故の態様、被告高岡の事故車運転上の過失
被告高岡は事故車を運転して時速約四〇粁で西進し、本件交差点東詰横断歩道約四〇メートル手前で、前方交差点の対面する信号機の表示が青色「進め」であることを認めると共に、進路前方の右横断歩道手前西行車道上軌道敷寄りに一台のライトバン(訴外内田辰夫運転)が停車しているのを見たが「何故かなあ」と思つたのみで、ハンドルを右に切つて西行軌道上に入り、そのままの速度で約三〇メートル進行して右ライトバンの稍右後方あたりに達したとき、始めて左斜前方約七・六メートルに横断歩道附近を南から北に小走りで横断して来る原告を発見し、急拠ハンドルを右に切つたが及ばず本件事故に至つた。一方原告は、右横断歩道を南から北に渡ろうとして、対面する信号機の表示が青色「進め」であると錯覚し、前記ライトバンの運転者訴外内田が原告の姿を認めて横断歩道手前で一旦停車し、原告の対面の信号が赤色であることを知らせるため手を振つて注意したにも拘らず、これに気付かず横断を続けて本件事故に遭遇した。(〔証拠略〕)
そうすると、被告高岡としては、たとえその対面する信号機の表面が青色「進め」であつたとしても、自己進路前方西行車道の横断歩道手前に、前記内田運転のライトバンが停車しているのを予じめ認めていたのであるから、右内田車が停車しているため前方交差点内への見とおしが悪く、かつ同車が停車しているのは、横断歩道もしくは交差点内に何らかの異常な事態が存するためであるかも知れないことに想いを致し、徐行ないしは一旦停車して、前方横断歩道もしくは交差点内の異常事態・危険の存否を確かめ、その安全を確認して進行すべき注意義務があるというべきであるのに、これを怠り、軽率にも漫然進行した事故車運転上の過失を免れないといわねばならない。又軌道敷内通行の点も原告主張のとおりであり、この点に関する被告の主張は、その独自の見解であつて、採用の限りでない。
二、原告の受傷
原告主張のとおり認められる。
(〔証拠略〕)
三、損害
(一) 入通院関係費 計一三五、三八八円
治療費、ふとん代は原告主張のとおり認められる。
付添費、通院交通費、保養費その他雑費については、後記認定のような原告の病状及びその入、通院日数、経過に照らし、原告主張程度の支出を要したものと認められる。〔証拠略〕
(二) 逸失利益 二三四、七九二円
原告主張のとおり認められる。(〔証拠略〕)
(三) 衣類破損 五、〇〇〇円
本件事故のため、当時原告着用のスーツが廃損した。(〔証拠略〕)
(四) 治療費
昭和四二年五月一日以降の治療費については、一部につきその主張にそう原告本人尋問の結果もあるが、領収書等これを裏付けるに足る資料に乏しく、未だ認めるに足らない。
(五) 慰藉料 二、〇〇〇、〇〇〇円
原告は本件事故により前認定の傷害を受け、事故当日より昭和四一年七月上旬まで五ケ月余行岡病院に入院したが、治療費が不如意のため退院し、以後九月中旬まで同病院に通院したのち、翌四二年六月ごろまで、重城医院、京都第二赤十字病院、滋賀再生会病院などに通院したものの、之亦治療費不如意で、いづれも数回から一〇回程度の通院に止まり、爾後は特に体調の悪いときのみ医師にかかつている。原告は現在もなお全治に至らず、左手は屈伸が完全でなく、右足関節部には傷痕が残り、歩くと膝ががくがくして安定を欠き、又折々目まい、手のしびれ、頭痛等に悩まされる。四二年七月頃から一旦就職したが、職場で倒れることもあり継続して出勤することが困難で結局退職した。原告一家はもともと裕かではなかつたが、本件事故による原告の受傷で支出が嵩み、経済的に破綻を来している。本件事故当時、原告には縁談が整つており、将来挙式の運びになつていたが、本件受傷が原因となつて婚約解消の止むなきに至つた。原告としては、現在の体調に鑑み、将来他の男性と結婚する望みも有していない。四三年八月には叙上のような諸般の事情から将来への希望を失い自殺を計つたが未遂に終つた。一方被告会社は本件事故後間もなく、原告の入院した行岡病院に対し、大阪営業所長より、治療費一切は被告会社で負担するから、請求書を同営業所へ送付されたい旨申し出ながら、同病院の数回の請求によつて漸やく第一回分の入院費(一〇日分)を支払つたのみで、その後は営業所並びに本社に対する再三の督促にも拘らず、送金はさておき、何らの応答連絡すらなく、又原告一家に対しても、被告会社において出来る限りの手を尽す旨約しておきながら、原告らから大阪営業所に連絡すると、京都本社に申出られたいと答え、京都本社え請求すると、大阪営業所に行かれたい旨を返答するなど、結局原告の申請にもとづく仮処分命令によつて、その履行としての支払がなされたに止まり、不誠実の謗を免れ難いものがある。(〔証拠略〕)
その他本件証拠上認められる諸般の事情も考慮すると原告に対する慰藉料額は金二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。
(六) 弁護士費用 一〇〇、〇〇〇円 (〔証拠略〕)
四、過失相殺
本件事故発生については、前認定のように、原告にも信号無視の過失があつたことが認められるので、前記被告高岡の過失の態様・程度、及び本件事故が三輪自動車と歩行者の間の事故であることなど諸般の事情を考慮すると、原告につき前認定の損害額の三割を過失相殺するのが相当である。
第六結論
被告会社は自賠法三条により、被告高岡は民法七〇九条により各自原告に対し前認定の損害総額二、四七五、一八〇円から前記過失相殺三割を差引いた金一、七三二、六二六円および内金一、一七五、七二〇円に対しては昭和四一年一二月八日(訴状送達の日の翌日)から、内金四五六、九〇六円に対しては同四二年七月二七日から右各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。
訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 西岡宜兄)